悪女は猫のふりをする

Written by Chisato. No reproduction or republication without written permission.

「ねえ、やっぱり俺みたいなクズ、生きてたってしょうがないよね」
 と俺が言えば、
「そうかな」
 とは応える。そしてちょっと首をかしげて、
「どうだろうね」
 と言う。これが俺たちのいつものパターンだ。は俺を決して否定しない。でもそれは、俺がクズじゃないとか、俺に生きていてほしいとか口にするということではない。一度だってが俺にそんなふうに言ったことはないのだ。そして、俺はクズだとか、俺は死ぬべきだとか言葉にしたときもない。ただ、俺が言ったこと――カラ松曰く、己のデスティニーに対する永遠なる問いかけ、あるいは胸に秘めたる真実の吐露。死ねクソ松――を聞いて、相づちを打つだけだ。俺の存在も俺の言葉も否定しない。まるで、猫みたいに。
 だから、にはいろいろ話せた。例えばチョロ松兄さんはあんなに喋って疲れないのかとか、俺は毎朝十四松のバットになるとか、トド松がしれっとスタバァでバイトしてたとか。全然おもしろくなくて、聞いてもらう価値なんてこれっぽっちもないゴミ話ばかりだった。でも、は静かに聞いてくれた。本当に、猫みたいに。
 だから、といるときは、こんな燃えないゴミみたいな俺も、社会不適合者としての人生も、まあそんなに悪くはないかも……とさえ思えた。
 なら何でも受け入れてくれるはずだし、どんなことだって許してくれると信じていた。
「どうしたの。頭ぼさぼさだよ」
 と俺が言えば、
「そうかな」
 とは応えて、ちょっと首をかしげるものだと思っていた。でも実際は違った。
 むっとした顔で、
「どうしたのって切ったんだよ」
 と言い、続けた。
「パーマもかけたの。おそ松は似合ってるって言ってくれたから、しばらくこのままでいる」
「……へー」
 おそ松兄さん、そんなふうに言ったんだ。
「それだけ?」
「それだけって?」
 俺は訊いた。
「……なんでもない」
 は言った。
 なんだかいらいらした。
「それ変。ベルばらみたいだし、鬱陶しそうな長さじゃん。やめなよ。それともなに、ゆるふわ~、わたしかわいい~とでも思ってんの? 頭わいてんの。鏡よく見ろ」
「でも、おそ松は」
「おそ松兄さん、お世辞言ったんじゃないの。あの人そういうとこあるよ。いい加減だし、調子いいし、いろいろ雑だし」
 俺は言った。は黙った。気に入らない。
「俺は似合わないって言ってんじゃん。なのにおそ松兄さんの言うことしか聞かないの」
 なんで。はいつも俺の話にじっと耳をそばだてたり、相づちを打ったり、そうかなっていったりするだけで、猫みたいなのに、今日は違う。俺の言ったことに、でも、なんて応えて、一人前に人間みたいだ。いや、はずっと猫じゃなくて人間だったけど。
「だって」
 とは口を開いた。
 だって、なに。
 俺はをうろんげに見た。
「どうしてそんなふうに言うの。わたし、ほんとは一松に――」

 ああ、は猫じゃない。 やっと分かった。今この瞬間、猫みたいな人間でもなくなった。はどうしようもなく女だ。それにずるい。ずるくてきれいだ。
 そして俺は、この悪女にまんまとひっかかってしまった。

inserted by FC2 system