クチナシへの告白

Written by Chisato. No reproduction or republication without written permission.

 ねえ、人間は何時にあそこに行かなきゃとか、いつまでにこれをしなきゃとか、時間やものに支配されるじゃない? なんだかいつも動いてばかりな気がする。時間に振り回されるのはどうしようもないことなんだとは思うよ。一日はきっかり二十四時間だし、何があっても一時間は六十分で一分は六十秒だもの。でも、ものは違うでしょ。自分がそれを選んだはずなのに、自分がコントロールしようとしたものにいつのまにかコントロールされているっていうのかなあ、そういう立場の逆転って恐ろしくない?
 今年は受験しなきゃいけなくて、うん? 違う。自分で受験するって決めて、自分で志望校も決めたの。合格するために去年から勉強量も増やしたんだよ。でも、最近、気持ちが悪くって。吐きそうになるとかめまいがするとかじゃないの。もっと感覚的な気持ちの悪さ。この追われてる感じがどうにもだめなの。ふとしたときに、ここで何をやっているんだろう? って沈んじゃう。この前そんなわたしを見てお母さんがどうしたの? って聞いてきたから、今みたいに話したんだけど変な顔をされちゃった。
 わたし、びっくりするほど成績が悪くはないんだけど特別賢いわけでもなくて、他のところも取り立てるほどよくはないんだよね。だいたいのことは普通か普通よりもちょっと上くらいの出来で、なんだかなあって思う。
 わたしと幸村くんは違う小学校だったし、こうして同じ中学校になってもクラスも委員会も同じじゃないし、わたしたち、知り合いですらないの。だけど、いろんな人がかっこいいとかテニスがうまいとか話してるから、すごい人なんだっていうふうには認識してて、勉強も苦手じゃないみたいだし、性格はよく知らないけど悪いとは聞かないし、うん、もう、文句のつけようがないよね。羨むを通り越して憎いよ。
 でも、そういう人が病気になったってことは、誰にだって何かしら欠陥はあるってことなのかもしれないってひらめいたんだよね。だから幸村くんが倒れたって聞いたときほっとした。ざまあみろって嬉しかった。最低だよね。しかも喜ぶだけじゃなくて、何を思ったのか病院にまで行っちゃったの。そしたら、お医者さんが幸村くんはもうテニスはできないだろうって話していて、わたしは、そこに居合わせた幸村くんと鉢合わせちゃったんだよね。幸村くん、顔が真っ青でね、ひどすぎて、その、かわいそうだった。
 それで、なあんだ、幸村くんって聞いてたほどすごくないじゃんって目が覚めたの。幸村くんだってテニスに支配されてたんだよ。はじめの頃は楽しいから夢中だったのかもしれないけど、知らないうちにやらなきゃいけないことになってたんだよ。

   今朝咲きしくちなしの又白きこと

 ……あ、予令が鳴っちゃった。この話は幸村くんには内緒にしておいてね。大事に育ててもらってるからって話しちゃだめだよ。まあ、あなたには口がないから大丈夫だとは思うけど。

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