姉弟とカクタス

This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.


 コンコンコン。
 翌日、ふとんにくるまりながらスクールバッグに入っていた国語の教科書を読んでいると、病室のドアがノックされた。はーい、どうぞ、というわたしの声でドアが引かれる。
「リョーマ、来てくれたの」
 わたしは言った。
 リョーマは頷いてこちらへ歩いてくる。持っていた紙袋を白色のキャビネットに乗せ、リュックを床におろして、挨拶もそこそこにベッドの横の丸椅子に座った。
「俺、びっくりしたんだけど」
「うん、わたしも」
「朝、ニュースに顔出てたよ」
 えっ! 本当に? とわたしは目を丸くする。
「ええー、それはちょっと、ええー。どういう顔で学校に行けばいいんだろう」
「行かなくていいんじゃないの」
「そういうわけにもいかないよ」
 わたしは苦笑する。
「お昼に校長先生が来たんだけれど、すごく申し訳なさそうに、すみませんでしたってくり返すの。なんだか気の毒になっちゃって、怒れなかった。うーん、でも、しばらく食堂は使わないかなあ」
「学食で毒盛られたんだから当然でしょ。犯人、去年、今の三年の担任だったんだけど、学級崩壊してノイローゼになったって聞いた。今回は、やけを起こしてカレーに大量の風邪薬を混入したって話だよ。アネキ、とばっちりじゃん」
 リョーマはむっとした顔で言った。この子は背が低いけれど、わたしと同じでつり目だから、こういう表情をするとなかなか迫力がある。
「うん、上級生は課外授業でオーケストラを聴きに行っていたし、よく考えれば、カレーって、ザ、家庭料理だから学校で食べようと思うものじゃないんだよね。わたし一人ですんでよかった」
「なに、のほほんとしてんの。本当にひどい毒だったら、アネキは今頃生きてないんだよ。俺、そんなのやだ。なんでもっと責めないの」
 リョーマは怖い顔をして言った。
 わたしは首を横に振って口を開く。
「わたしが怒らなくったって、リョーマやお父さんたちが怒ってくれるから、いいの」
 リョーマはきょとんとした顔をした。
 わたしは、ふふ、と笑って言葉を紡ぐ。
「ねえ、こんな話よりもリョーマの話をしようよ。ランキング戦はどうなったの?」

 リョーマは部活でレギュラーになったらしい。すごい、すごい、とわたしがはしゃぐと、別に、とリョーマはそっぽを向いて言い、リュックをごそごそしはじめた。
 ああ、照れているんだなあ。なんてかわいいんだろう。そう思ってほくほくしていると、これが着替え、とビニール袋を差し出される。そして、カルピンの写真と文庫本、絵画のポストカードがベッドの備え付けの机の上に並べられ、紙袋からサボテンが取り出された。
 最後に、リョーマは麻紐のついた木のプレートと名前ペンを手にした。何をするんだろう。
「このサボテン、名前なんだっけ」
 リョーマが尋ねた。
 わたしはサボテンに目を向ける。視線の先のサボテンは、三角フラスコの口に行儀よく収まっていた。小石のような葉はつやつやとしていて、不思議な透明感があり、根は気持ちよさそうに水に浸かっている。
 サボテンは土でしか育てられないと思われがちだけれど、実はそうではない。水耕栽培でも命を紡ぐことができる。土を取り除いてきれいに洗い、根を切って屋内で三日陰干しすると、飢餓状態になり新しい根が生えやすくなるのだ。少し残った根の部分が水につかるようにすれば、週に一度、水を換えるだけの世話でいい。
「これは雫石だよ」
「ふーん、しずくってどんな字?」
「雨の下に、下って書くの」
 了解、と言ってリョーマはプレートに何か書きはじめた。
 少しして名前ペンの先がキャップに消え、はい、とプレートを見せられる。
 ホテル雫石。そう書いてあった。
PREV BACK NEXT

inserted by FC2 system