幽霊が見ていた二人

This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.


 今日はとても暖かい。朝、窓を開けると爽やかな風が髪を撫でた。
 こんなすてきな日に外で話すのは気持ちいいだろうなあ。そう思いながら、わたしは点滴スタンドを押して廊下を歩く。今から幸村くんと屋上で会うのだ。白い道の角を曲がる。幸村くんの後ろ姿が見えた。わたしは少し歩調を速めて、チェック柄の背を追いかける。そうして鳴ったコロコロという音が幸村くんを振り向かせた。
「こんにちは」
「こんにちは」
 わたしたちはにこりと笑った。
「今日は暖かいですね」
「うん。部屋の窓から見えたエントランスのつつじも気持ち良さそうだったよ。ピンク色と空の色との対比がきれいだった」
 わたしは言った。
「あ、それ、僕も見ました。僕たち知らないうちに同じものを見てたんですね」
 幸村くんが言った。
 その言葉になんだか胸がむずむずする。ああ、でも、厳密にいうと一緒のものではないかもしれない。三人の男それぞれの頭の上に三日月が浮かんでいる絵を思い出しながら、そう思った。
「ねえ、絵は好き?」
「はい。水彩画が特に好きです」
「水彩画かあ。モネとかルノワールとかだよね」
 幸村くんはわたしの言葉に頷き、水彩画についていろいろ教えてくれた。幸村くんの話は、どれもわたしがはじめて知ることばかりで新鮮だった。わたしが一言も聞き漏らさないようにじっと耳を傾けているうちに屋上に着く。
「そういえば、どうして絵の幽霊って足がないのかな?」
「うーん、どうしてでしょうね。言われてみるまで考えたことなかったなあ。越前さんは怖い話大丈夫な人ですか?」
 わたしは、大丈夫、と言って、続ける。
「でも楽しめない。二千年も人が生きてたら、当然それだけの人も死んでるでしょ? 骨なんてどこに埋まっててもおかしくないよね。それなのに、ここが幽霊屋敷だ! って特番組まれても、むしろ、そうじゃない家の方が珍しいんじゃないの? って考えちゃう」
 幸村くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「それに幽霊って騒ぐようなものじゃないと思うの。だって、わたしたちみたいに生きてた人が死んじゃって幽霊になるんだよね? つまり、もしわたしが死んだら、わたしは幽霊になって、きゃあきゃあ言われるっていうことでしょ。それはなんだか悲しいし、きっと、いらっとする」
「……いらっとするんですか?」
 幸村くんは怪訝そうな顔で尋ねる。
「うん。死んだあとくらい静かに寝かせてよって思うなあ」
 確かに、と言って幸村くんは顎に手を当てる。そしてこんな疑問を投げかけてきた。
「幽霊に痛みはあるんでしょうか?」
「うーん、ないんじゃない?」
「そうですよね。痺れとか筋肉に力が入らないとか、そういうのもありませんよね」
 そんなふうに言った幸村くんの表情は、どことなく真剣味が感じられるものだった。わたしは、幸村くんがいつからどういう理由で入院しているか聞いていない。幸村くんもそうだ。わたしの事件について知らない。ニュースを見て察している可能性もあるけれど、二人の間で話題にすることはなかった。自分がなぜ入院しているのかなんて、知り合って一日や二日で打ち明けられる話ではない。それにこの病院という場所でそんなことを聞くのは野暮だし、何よりもデリカシーにかける。
 わたしは、つとめてやわらかく言った。
「でも、こうして幸村くんとお話しするのが楽しいから、わたしはしばらく幽霊になりたくないな」
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