その関係の名は

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 幸村くんははじかれたように顔を上げた。幽霊になりたくないと言ったわたしに、驚いた表情をしている。そして、えっと、あの、と言ったきり、口を閉ざしてしまった。屋上に沈黙が流れる。自分の心音ばかりが耳につく。
 どうしよう。今の言葉は唐突すぎたかもしれない。出会って間もない人にこんなことを言われれば、当然びっくりするだろう。わたしが幸村くんの立場でもきっと同じだ。
「あの」
「えっと」
 二つの声が重なった。
「え、あ、越前さんからどうぞ」
「あ、いや、幸村くんから」
「いえ、越前さんから」
「ううん、幸村くんから」
 どうぞ、どうぞ、とわたしたちはお互いに相手の言葉の続きを促す。そんなやりとりを何回かくり返して、わたしは、じゃあ、と言った。幸村くんが頷く。
「あの、わたし、なんかおかしなこと言っちゃったね。ごめん」
 いえ、と言いながら幸村くんは首を横に振った。
「ありがとうございます。なんだか元気が出ました」
「ほんと?」
 わたしは訊いた。
「はい、本当です」
 幸村くんが応えた。
「ほんとのほんとに?」
「本当の本当に」
 先ほどとはうって変わって、幸村くんは憑き物が落ちたようなさっぱりした顔をしている。どうやら本当らしい。ああ、よかった。わたしはほっと胸を撫で下ろした。どくどくとうるさかった心臓も静かになる。
 そんなふうに落ち着きを取り戻したわたしに、幸村くんはこう言った。
「こんなふうに越前さんといられるのなら、僕もまだ幽霊になりたくないです」
 そして、ふわりと微笑んだ。まるで春のような笑顔だった。ううん、違う。それは青葉に似ていた。五月みたいだった。麦畑を流れる清水のようでもあった。やっぱり違う。なんだか分からない。もっと和やかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。幸村くんの微笑みは、そういうものだった。
 わたしは固まった。え、あ、う、となんとか口を動かすも、黙りこんでしまう。再び屋上に沈黙が訪れた。心臓がどきどきいっている。
「あの」
「えっと」
 また二つの声が重なった。
 さっきと同じだ。なんだかおかしくなって、わたしはくすくす笑う。幸村くんも肩を震わせた。
「今度は幸村くんからどうぞ」
「はい、じゃあ、お言葉に甘えて。……訊いてもいいですか?」
 はけで掃いたような雲に覆われていく夕空を仰いで、幸村くんは言葉を続ける。
「不思議なんです。越前さんって、不思議なんです。僕たちは、なんなんですか?」
 わたしたちがなんなのか。
 それを考えながら見上げた空は、金色に光り輝いていた。雲の大群が西日を照りかえしてレモン色に、山吹色に、みかん色に柿色に、桜色にとき色に、朱色に紅色に、牡丹色に、若紫に……と時々刻々その輝きや照りを変化させていく。こんな美しいこんなに大きい夕焼けを見たことは、一度もない。
「友だちで、いいんじゃないかな」
 わたしはゆったりとした気持ちで応えた。
「昨日会ったばかりで友だちですか?」
「何年一緒にいても友だちになれない人もいる。ひと目会っただけで友だちになれる人もいる」
 わたしと幸村くんの間を、透き通った風が通り抜ける。短い前髪を押さえてわたしは笑った。
「風が出てきたね。そろそろ中に戻ろうか」
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