ある正午、診察室にて
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ひやり。左右の肩甲骨の、ちょうど真ん中よりも少し下のあたりに、聴診器の冷たさを感じる。
診察にもだいぶん慣れてきた。最初の頃はびくびくしながら先生の一挙一動を見守っていたものだけれど、今やそんなことはない。冷たい銀色を背のあちこちに当てられている間、リョーマの試合はどうなっているのかな、とか、どんな顔をして教室に戻ればいいのかなあ、とか、ぼんやりと考えられるようになった。
今日も今日とて、いったい、いつまで入院していなくちゃいけないんだろう? なんて思っている。
「越前さん」
と先生がわたしを呼んだ。わたしはそちらへ意識を向ける。どうやら先生はわたしの体をすみずみまで調べ終えたらしい。
「もういいでしょう」
顔の筋肉を少し緩ませて、先生は言った。そして、満足げに頷いたかと思うとまた真面目な顔をする。
「ただし、しばらく激しい運動はだめ。ストレスもだめ、刺激物を食べるのもだめ。薬は病院のものだけ飲んで、可能な限り安静にしているように」
「はい」
わたしは穏やかな声で応えた。先生が言葉を続ける。
「また検査を受けに来てください。もし精神的に自分が不安定だと感じたときには、いつでもカウンセリングを受けられるようにしますので、遠慮なく申し出てください」
「分かりました」
「うん、それじゃあ退院はこの日にしましょうか」
そう言って先生は、リョーマの決勝戦の日を告げた。そこでわたしはふと思う。
リョーマのテニスが見たい。
こうして退院の日取りが決まったのだから、わたしは回復してきているのだろう。でも、相変わらず体はだるいし、思うように動かせない。
回復というのは、ある朝突然、すかっとやってくるものだと考えていた。風邪で熱を出して、夜中にたくさん汗をかき、翌朝目が覚めると体温が元通りに下がって頭もすっきりしている、ああいう感じかと想像していた。
でも、実際は、自分でも分からないくらい少しずつ少しずつ回復していくようだ。そんなふうだからか精神的にもすっきりしなくて、わたしは内心かなり焦りはじめている。
先生に尋ねる。
「あの、その日は弟の試合があるんです。退院したら見に行ってもいいですか?」
リョーマのテニスなら、この焦燥を吹き飛ばしてくれるかもしれない。そうひらめいての質問だった。
「だめです」
先生は応えた。
「あ、そうですか……」
わたしはしゅんとする。たった四つの音で、希望はあっけなく打ち砕かれてしまった。
「退院できるとはいっても、まだある意味で、事件ハイ、入院ハイと呼べる状態です。恐ろしい毒物混入事件に巻きこまれたことで、家族はもちろん、周りからいろいろと気にかけてもらっているかと思います」
先生は言い、続ける。
「それに、助かったということや、病院にいる安心感、数日後には退院できるという安堵で、自分の肝臓がどれほどのダメージを受けたのか、分かっていないんじゃないでしょうか」
「分かっています」
自分で思っていた以上に激しい言い方でわたしは応えた。
今のわたしが普通じゃないなんて、わたしが一番よく分かっている。それなのに追い討ちをかけるようにあれこれ言われて、嫌な気持ちになってしまった。いらいらがお腹の奥底からこんこんと泉のようにわいてくる。
ああ、もう、家に帰ってすべてを忘れてしまいたい。
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