明日になれば

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 どうしてあんなふうに言ってしまったんだろう。後悔で胸がいっぱいだ。
 わたしが苛立ちを爆発させた日から、わたしと幸村くんは顔を合わせていない。
 天井のしみをぼんやりと眺めながら、自分のものとは思えないほど冷えきっていた声を思い出す。
 最低。
 ……最低なのは、わたしだ。
 突然あんなふうに突き放されればびっくりするし、わけが分からないし、怒る。それに、きっと、悲しい。八つ当たりされて喜ぶ人なんていない。
 あのあと、幸村くんは黙って自分の病室に帰っていった。
 口は災いのもとってきっとこういうことだ。
 幸村くんと話せなくなって淋しい。でも、顔を合わせたところでどういう表情をすればいいか分からない。謝ろうとも思うけれど、許してもらえないかもしれない。自分は幸村くんにあれこれずけずけと言ったくせに、自分が傷つけられるのは怖がっている。それに、たとえ幸村くんがわたしに、いいですよ、と言ってくれても、わたしがわたしを許さない。
 なにもかも、うまくいかないなあ。
 もぞもぞと寝返りを打つと、雫石が涙で滲む視界に入った。相変わらず三角フラスコの口にきちんと入っている。葉は清水のようなつやを放っている。根はふわふわとやわらかそうだ。
 こんなふうに、ただじっとそっと佇んでいられたらいいのに。
 そう思って目をつむる。
 次に目が覚めたとき、雫石になっていないかな。

 なんだか、手が、冷たい。
 ゆっくりとまぶたを開ける。視覚から、まだ霞がかった脳に情報が伝達されていく。誰かの両手に、わたしのそれが包み込まれている。だれ? 重なる手から視線を斜め上に移す。
 リョーマがベッドの横の丸椅子に座っていた。でも、なんだか様子が変だ。
「……リョーマ?」
「よかった」
 リョーマはぽつりと呟いた。
「もうこのまま起きないんじゃないかと思った」
 両手がぎゅっと握られる。
「どうして?」
 わたしは言った。安心させるように両手をふわっと握り返す。
「分かんない。でも、いつも点いてる電気が今日は消えてるし、ノックしても返事ないし、呼んでも全然起きないし」
 と応えてリョーマは一度口を閉ざした。
「なんか知らない人が、アネキの様子訊いてくるし」
「知らない人?」
 わたしは訝しむ。
「ちょっとうねってしてる髪の男子。知り合い?」
 幸村くんだ。わたしは、はっとした。
「多分、知ってる」
「……ふーん」
 とおもしろくなさそうな顔で言って、リョーマはキャビネットの上に左手を伸ばす。
「これ、その人が渡してくれってさ」
 白色の封筒がわたしに差し出された。わたしは右手でそれを受け取る。宛名のところにきれいな字が並んでいた。
「ありがとう。あとで読むね」
「今でもいいけど」
 リョーマは口を尖らせて言った。
 わたしは応える。
「誰かといるときは、一緒にいる人を大事にしたいの。だから手紙よりもリョーマ」
「……ふーん」
 リョーマは右手を軽く揺らした。わたしの左手もそれに合わせて揺れる。
「明日、戻ってくるんでしょ」
 リョーマが言った。
「うん。リョーマは明日決勝でしょ」
「まあね」
「応援しに行けなくて、ごめんね」
「別に」
 と答えて、リョーマは力強い眼差しをわたしに向ける。
「俺は何があっても勝つよ」
「うん。リョーマならできる」
 わたしはにっこりと笑った。リョーマの両手をわたしのそれで包む。ぎゅっと力を込めた。リョーマは肩を少し跳ねさせて、口元をむずむずさせる。
「ふふ」
「なに笑ってんの」
「ううん、なんでもない」
 明日、わたしはこのかわいい弟がいる家に帰る。明日になれば、きっと、何もかもが元通りだ。
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