ただいま、スイートホーム

This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.


 パン! パン!
 玄関にクラッカーの音が響く。

さん」
 わたしを呼んだ二人は声を合わせた。
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
 ああ、あったかいなあ。十数日ぶりに我が家へ足を踏み入れたわたしは、お父さんと従姉に温かく迎え入れられていた。病院からここまで一緒にいてくれたお母さんが、わたしの後ろで微笑んでいる気配がする。わたしは嬉しくなってにっこり笑った。
「ありがとう、ただいま」
 それに返事をするように足元でカルピンが鳴く。ほあら、という声を聞いてふっと肩の力が抜けた。わたしは帰ってきたんだ。やっぱり家が一番いいな。
 カルピンを抱き上げて、三人とリビングへ移動した。洗濯物を出したり、荷物の整理をしたりしていると、お父さんがすすす……と寄ってくる。
、もう大丈夫か?」
「うん、平気」
「ほんとかあ?」
「ほんとほんと」
 わたしくらいの年の女の子は、父親と不仲なことが多い。不仲とまではいかなくても、父親を意図的に避けたり、きもいなんて嫌悪感を抱いたりするものだ。わたしだってお父さんが縁側で桃色の本を読んでいるときは、その背中を蹴飛ばしたくなる。むふむふ笑う声を聞き、眉間にしわも寄せることもある。そういう本を読むなら娘にばれないようにしてほしい。
 でも、わたしはお父さんが好きだ。お父さんは昔有名なテニスプレーヤーだったらしい。そのDNAはわたしにもリョーマにも受け継がれている。今どこで何をしているか分からない、もう一人の兄弟はどうかはっきりしないけれど、わたしたち三人はお父さんから同じようにテニスを教わった。三人のうち二人が黄色のボールを追いかけるのに夢中になった。それはリョーマと、今や音信不通の兄弟リョーガだった。
 残る一人のわたしは、くるくる、きらきら、美しく踊るテレビの中のバレリーナに心を奪われた。だからバレエを習い始めた。実際教室に通ってみると想像以上に大変で、体力も精神力も必要だった。でも、トンベ、パドブレ、グリッサード、アッサンブレ……新しいことができるようになるのが楽しくて仕方なかった。
 わたしは、そんな娘の姿に淋しそうな顔をしたお父さんを知っている。それを隠すよう、よし、ちょっとそこで踊ってみな、と言って笑った姿も覚えている。お父さんは元すごいテニスプレーヤーだけれど、わたしにはただの父親でいようと決めてくれたのだ。
「退院できたけどまだ万全じゃねえんだ。あんま無理すんなよ」
「うん」
 わたしは頷いた。
「あー、リョーマもこんくらい素直だったらなあ」
「そんなのリョーマじゃないよ」
「だな」
 わたしたちは顔を見合わせて笑った。
 わたしがテニスをしなくなったことに一番大きな反応を示したのは、リョーマだ。わたしは教室の先生から、変な筋肉をつけないために、テニスはもちろんスポーツは控えるよう言われていた。だから、リョーマとリョーガの打ち合いを見るポジションにつこうとした。でもリョーマは、兄ちゃんとばっかり、やだ! とむくれた。そしてリョーガのラケットを奪い、わたしにぐいぐい押し付けるのだった。やだ! やだ! そう言われる度わたしは困り、三回に一回は折れてグリップを握った。
 もうそんなことはなくなり、わたしはリョーマとお父さんの打ち合いを眺める位置に落ち着いている。今日もわが家のテニスコートには、ラリーの音とわたしのコールが響くだろう。
 ふと、幸村くんのことを思い出した。幸村くんはいつ退院できるんだろう。いつ、こんなふうに家でのんびりできるんだろう。怖くてまだ開けられない封筒に目をやる。
 幸村くん、今、何してるのかな。
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