はじめましてか、それとも

This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.


 テニスコートはどこだろう。青春学園に辿り着けたもののコートの場所が分からない。
 入校チェックをされるとき誰かに聞こうと思っていたのが失敗だった。校門の近くに守衛室は見当たらず、入校許可を得られそうな場所もなかったのだ。私立の学校は防犯体制がもっと厳しいと予想していたのだけれど、実際はそうでもないらしい。拍子抜けしてしまうほど簡単に入れたし、他校の制服もちらほらと見受けられる。ただ不思議とみんな男子生徒で足を向ける方向が同じで、まるであっちに何かあるといっているようだ。
 斜め右前に見える白い学ランを着た子も迷わず進んでいく。
 派手ともいえる目立つ制服だけれど、ローファーじゃなくてスニーカーを合わせているあたり、やっぱり中学生なんだという感じがしてほっする。ついていってみよう。もうすぐ都大会だから偵察に来た子かもしれない。もしそうならコートまで着くだろう。よし、と心の中で呟き拳を作って一歩踏み出した。
 白い背中はまっすぐに進んでいく。わたしも彼と同じように緑の生け垣を抜け、グラウンドの声を聞きながら歩いた。すぐにテニスボールの跳ねる音が耳に入るようになる。開けた視界にはコートが飛び込んできた。女の子たちが規則正しいリズムでラリーを続けている。
 いいなあ。
 無意識にそう思ってしまった。やめ、やめと頭を横に振る。顔を上げると、白い学ランの男の子はフェンスのそばで立ち止まっているらしい。男子テニス部の偵察じゃなかったんだ。あの中に妹か彼女でもいるのかもしれない。わたしと同じように差し入れに来たのかな。嬉しい気持ちになって口角が上がりかけたとき、彼の口元がにたあっと歪んだ。途端に顔も締まりのないものへと変わる。その姿は縁側で桃色雑誌をにやにやと眺めるお父さんを彷彿とさせた。わたしは思わず冷めた視線を送ってしまう。彼がこちらを振り返り、目と目がかち合った。
 彼は溶けたアイスクリームのような緩い顔つきから一転し、きりっときた表情をして右腕を上げる。
「やあ」
 とわたしは声を掛けられた。
「こ、んにちは」
 かろうじて笑顔で応える。
「オレ、千石清純。気軽に清純って呼んでよ」
「えっと」
 これは一体どういう状況なのだろう。
「君は?」
「え? 越前です」
ちゃんか~。んー、いいね、かわいい響き」
 清純くんは満足げに頷いている。彼はわたしの年下なのだろうけれど、あいにくわたしは今制服を着ていない。だから高校生だと思われていないんだ。そのほうがいい。帰国してから日本語は淋しいなあと考えていた。英語には、ていねいな表現はあっても敬語がなくて、日本語みたいに敬語で距離が生まれることがない。もちろん日本人だとばかにされることだってあった。でもアメリカでは老若男女関係なしと謂わんばかりのフレンドリーさが普通で、またそれが心地よかった。
 面食らったものの、わたしはにっこりと笑って口を開く。
「清純くんも他校生だよね。今日はどうして青学に来たの?」
「うん。オレ、テニス部でさ、二週間後の都大会に備えて偵察ってところ。青学は昔っから有名だけどうちもなかなか負けてないよ」
「へえ~、そうなんだ。わたしの弟もテニスしてるの。もしかしたら会場でまた会うかもしれないね」
 わたしは言った。清純くんが応える。
「かもね。でもオレは会場以外でも会えると嬉しいなあ」
「はは」
「あっ、本気にしてないな。ショックー」
 清純くんは占いが好きらしく、わたしの今日のラッキーカラーやらラッキーアイテムやらラッキーアニマルやらを教えてくれた。わたしが手相を見てもらったあと、テンポよく進む会話に笑ったりしていると、顔をじいっと見つめられ始める。どうしたんだろう。
ちゃん、オレたちどこかで会ったことないかい?」
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