都大会初戦

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 青春学園の対戦校は鎌田中学校で、わたしがコートに着いたとき、二校の試合はシングルス・スリーの勝敗が決まったところだった。
「ま、不二先輩だからな。余裕余裕」
 と言って、一年生らしき部員が誇らしげな顔をしている。その隣にいる坊主頭の子が口を開く。
「なんで堀尾くんが偉そうなのさ」
 別の男の子も声を上げる。
「そうだよ。次はリョーマくんだね、なんだかドキドキしちゃうな〜」
 わたしは三人組の隣に行きショルダーバッグをそっと撫でた。なんとなく手元に置いておきたくて、封筒を小さめのクリアファイルに入れて持ってきているのだ。
 リョーマがコートに立つ。わたしは思わずフェンスに一歩近づいた。
「リョーマくん、頑張れー!」
 坊主頭の子の声援がリョーマの顔をこちらに向かせる。リョーマはわたしの姿に驚いて、目を見開いたみたいに見えた。
「リョーマ!」
 わたしは叫ぶ。三人を含め、いろんな人がこちらを見ているけれど気にしない。
「ここで見てる! リョーマのテニス、ちゃんと見てるよ!」
 リョーマは人差し指で頬をかきながらなにか呟いている。多分、声でかすぎ……とでも言っているんだろう。
 リョーマが帽子をかぶり直して相手プレーヤーと向き合う。試合が始まり、ボールの跳ねる音や応援の声に包まれていると元気が出てきた。ここはたくさんのエネルギーで溢れている。プレーヤーからは勝ちたい気持ちがひしひしと伝わってくるし、コート外の大人も子どもも、みんな一心に直径七センチにも満たないボールを目で追って勝負のゆく末をじっと見守っている。
 やっぱりテニスっていいな。
「またツイストサーブ! 決まったー!」
 と三人の中で一番背の低い子が声を上げる。
「エンジン全開だね」
 と坊主頭の子も笑う。
 いつにもまして今日のリョーマはのびのびとラケットを振っている気がする。わたしよりも小さいはずの背中が大きく感じられ、ねーちゃ、ねーちゃ、と言ってわたしを追いかけていた弟は成長し、遠いところへ行ってしまったんだと悟った。わたしはもうリョーマ以上にうまくツイストサーブを打てないし、スプリットステップもできないに違いない。
 あっという間にリョーマの勝利が決まり、青春学園側の一帯が沸き立つ。最終試合も部長の手塚くんという子が白星を挙げ、わたしも手を叩いた。
 拍手がおさまった頃、わたしは目を閉じて深呼吸をする。リョーマはもっと上に行く。かつてお父さんがそうしたように、世界を掴むだろう。
 コンプレックスはいよいよ増した。でももしリョーマがテニスをできなくなってしまったら、わたしは泣いてしまうだろう。
 帰ろう。
 フェンスに背を向け歩き出す。お母さんへ電話するために静かな場所を探していると、真っ白な学ランが視界に飛び込んできた。
 あ、あ、あ。
 血の気が引いていく。冷や汗がぶわっと吹き出す。視線の先には清純くんがいた。金縛りにあったみたいに体が動かない。
「あー……やあ。その、ちゃん、この前はごめん」
 返事が出てこない。口が乾燥している。
「あのまま別れたきりで、申し訳なくて……えっと、今日のちゃんのラッキーカラーは白」
 清純くんは目を泳がせながら言い、沈黙を作りたくないとでもいうように続ける。
「ラッキーアイテム、は、手紙。ラッキーアニマルはうさぎで、あ、うん、こういうことが言いたいんじゃなくて……」
 清純くんは深く頭を下げる。
「本当にごめん」
 そのままこちらを伺うように見て、しゅんとした様子で、それじゃあ、と言った。心なしか肩を落として離れていく。
 清純くんが見えなくなってから、はっとしてバッグをあさる。ラッキーアイテムは手紙? 清純くんを信じる? ううん、信じる信じないは問題じゃない。震える指を叱咤し思いきって開封する。きれいな文字で紡がれる幸村くんの言葉を追う。手紙を読み進めれば読み進めるほど目が大きくなるのが分かった。
 携帯電話を耳に当てる。
「お母さん? あのね、帰る前に行きたいところがあるの」
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