彼は誰

This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.


 都大会は青春学園の優勝で幕を閉じた。
 気がつけば喉がすごく乾いていて、試合終了後、わたしは興奮も冷めやらぬまま自動販売機を探した。自動販売機はすぐ見つかり、小銭を入れてミネラルウォーターのボタンを押そうとしたのだけれど、清純くんの、試合後の表情がよみがえる。
 清純くんは監督に、伴爺、負けちまった、メンゴ、と言っていた。二人はそれから、ふたことみこと話したかと思うと、監督は、いい試合でした、さすが我が校のエースですね、ゲホゲホ……相手は左足ケイレンかあ……ゴホン、とやたらと咳払いをしながら言った。清純くんは眉をハの字にして、だから伴爺、ごめんって……と謝っていた。
 わたしはポカリスエットのボタンを押した。もう一度財布から小銭を取り出して、ミネラルウォーターも買う。清純くんにあまりいい思い出はない。リョーマの学校で醜態をさらすことになったし、都大会の初戦では目があっただけで冷や汗がどっと吹き出して動けなくなった。でも清純くんはごめんと伝えてくれた。精市くんと再会できたのだって、清純くんの占いがあったからだともいえる。
 わたしは受付の人にボールペンを借りた。そして財布に入っていたレシートの裏にシンプルな言葉を書き込む。

 清純くんへ
 かっこよかった。ありがとう。
 越前

 そこへ山吹中学校の男の子がちょうど通りがかった。ヘアバンドをした、背の低い部員だ。
「あの、ちょっといいかな」
 わたしは言い、続ける。
「山吹中学校の子だよね。これを千石清純くんに渡してもらってもいい?」
「はいです」
 男の子はポカリスエットとレシートを受け取り、レシート? と呟いて裏を見た。
「ダダダダーン! もしかして越前くんのお姉さんです!?」
「うん」
「びっくりです。しかも千石先輩の知り合いだったなんて。お姉さんもテニスするです?」
 一瞬、息が止まる。慌てて笑顔を作った。
「ううん、わたしはしないの」
「そうなんです? あ、今から集まらないといけないので失礼するです。千石先輩にはしっかり渡しておくです」
「ありがとう。部活応援してるね。いつかあなたの試合も見られるといいなあ」
 と言ってにっこり笑い、手を振った。
 男の子は嬉しそうな顔で会釈し、駆けてゆく。
 わたしは携帯電話をショルダーバッグから取り出して、精市くんに、今から向かうねとメールを打った。

 ホテル雫石に着いてノックをすると、精市くんはすぐ中に入れてくれた。わたしは丸椅子に腰を下ろす。
 最近、逃げてきたものからどんどん解放されつつあった。リョーマのテニスを見られるようになったし、精市くんとこうして会えるようになったし、高校にも行けるようになった。一方的だけれど今日は清純くんと関わりを持つこともできた。それに青春学園が都大会の優勝を飾った。だからとても嬉しくて、自分でも分かるくらいはしゃいでいた。
「弟の部活の大会を見てきたの。今日は決勝戦だったんだ」
「そうなんだ」
「弟もレギュラーだから出場してたの。あの子の試合にはひやひやさせられたけれど、弟の学校が優勝したんだよ。青春学園っていうところ」
「……へえ。…………弟は、何部?」
 精市くんは訊いた。
 わたしは笑って応える。
「テニス部!」
 と言った瞬間、精市くんの表情が一変する。ううん、一変したというよりも抜け落ちたというふうだった。感情がごそっとなくなって、絶望した、裏切られたというような、今まで見たことのないひどい顔つきだ。それに暗くて冷たい目をしている。わたしはぞっとした。
 あなたはだれ?
PREV BACK NEXT

inserted by FC2 system