決意と魔法
This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.
本当はどうしたい? なんて甘やかで卑怯な質問をしたあと、わたしは家へ帰った。精市くんはずっと黙ったままだった。
その日の夜ご飯はハマチの刺身だったのだけれど、わたしは気がそぞろで、うっかりわさびを付けすぎて食べてしまった。びりびりと痺れる舌と鼻を突き抜けるつんとした感じに驚き、悶絶し、涙を浮かべた。そして、これでいいと胸を撫で下ろした。
わたしは精市くんが困ると知っていて、テニスの話をした。ずかずかと精市くんのテリトリーに入り、わざと怒らせるようなことをした。精市くんを怒らせ、取り繕うことのできない状態までもっていって、これからどうしたいか、心から思っていることを言ってほしかったのだけれど強引すぎたと感じている。
だから、ばちとはいえない些細な痛みも慰めになるのだった。リョーマはわさびにじっと耐えるわたしを不思議そうな顔で見ていた。
ホームルームが終わり、席を立つ。校門を通りすぎて少しした辺りで携帯電話を取り出して画面を確認した。新着メール、なし。もう一度見る。何度も見る。精市くんからのメールは、やっぱりない。片手でぱちんと本体を閉じて、わたしはふうと息を吐いた。
そのとき右手に収まっていた携帯電話が震えだす。予想外のことに肩をびくつかせ、閉じたばかりの本体を慌てて開く。
着信、幸村精市。
ほぼ反射で通話ボタンを押していた。
「もしもし!」
わたしは言った。
「もしもしさん?」
「うん。精市くん。……どうしたの?」
間が空く。
「……手術を、受けようと思って」
わたしの心臓を、ひゅっと一陣の風が貫く。
「テニスは終わったのかもしれない。でも何かが始まるなら、まだやれることがあるかもしれない。さん、終わりは何かの節目だって言ってたよね」
「うん」
「だから、いや、でも」
精市くんは言葉を濁す。
わたしは黙って待っている。
「やっぱりテニス、やりたいんだ。こんなところで終わらせたくない」
精市くんは、きっぱりと言った。
「ただ俺は、テニスに裏切られるのが怖い」
「テニスに裏切られる?」
「ああ。手術を受けて死ぬ気でリハビリをしても、今までみたいなプレーができなかったらって思うと不安なんだ。テニスは打ち込めば打ち込んだ分だけ返してくれた。そんなテニスが俺を絶望させるかもしれないって考えると少しね」
わたしは驚いた。わたしが思っていたよりもずっと、精市くんはテニスが好きらしい。
「すごいね」
気がつけば言葉がこぼれていた。
「何が?」
「きっとこういうとき、ほとんどの人は自分の努力に裏切られるのを嫌がるよ」
と言い、続ける。
「精市くん、頑張ってきたんだね」
スピーカーから精市くんの息をのむ気配が伝わってくる。
「大丈夫だよ。今まで頑張ってこられたんだもの」
「そうかな」
「うん。でももし心配なら魔法をかけてあげる」
「魔法?」
精市くんが疑惑に満ちた声をあげる。
「そう。流れ星なんていらない、とびきりよく効くやつをね」
わたしは笑って目を閉じる。
「毎晩寝る前に目をつむって、ゆっくり百数えて。わたしの魔法にかかりたいなら、精市くん自身が魔法にかかりたい気持ちを持ってなくちゃいけないよ。次の朝、精市くんが目を開いたら世界が変わってる。もうこれまでの精市くんじゃない。なんでもできる、無敵の幸村精市なの。そう固く信じなくちゃいけない。……いい? そう思える?」
「はは、なんだかファンシーだな。……いいよ、信じる」
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