七月は暮れてゆく
This Fanfiction Was Written by Chisato. Please Don't Reproduce or Republish without Written Permission.
「青学一年、越前リョーマ、いってきまーす」
立海大附属中学校はダブルス二試合で、青春学園はシングルスの二試合で二勝し、決勝戦はシングルス・ワンにもつれ込んでいた。
「これよりシングルス・ワン、真田対越前の試合を行います!」
わたしはちらりと左手首の腕時計を見る。二本の針は精市くんの手術がはじまる時間を過ぎていた。
「ザ・ベスト・オブ・ワンセットマッチ。越前、サービスプレイ」
はっとして視線をコートへ移すと、リョーマが無我の境地のオーラをまとっていて目を疑った。無我の境地は頭で考えて動くんじゃなくて、身体が実際体験した記憶なども含め無意識に反応してしまう、いわば自分の限界を超えた人だけが辿り着くことのできる場所だ。いつの間に覚えたんだろう。
試合はリョーマのナックルサーブから始まった。リョーマは意識的に無我の境地を扱っているように見える。
しかしワンゲームめを先取しても、真田くんの見えないスイングや風林火山の『風』、無我の境地の副産物である体力の消耗であっさりと逆転されてしまった。無我の境地は、本来できないものを限界を超えたところでやっている。だからとてつもない体力を消耗して、その疲労が一気に身体に襲いかかるのだ。
異常な汗をかくリョーマに、真田くんは追い討ちをかけるよう風林火山の『火』を繰り出す。
「ゲーム真田! フォーゲームス・トゥ・ワン!」
「越前ぐーん……!」
壇くんが涙ぐみ、青春学園の一年生も声を上げる。
「リョーマくん、もういいよ、もう追わないで!」
「うん……彼にはまだ未来がある。これ以上続けさせることに意味はない! ここで棄権させなければ、青学はとんでもないモノを失うんじゃないかな」
清純くんは言った。
でも、あいにくわたしの弟は最後の一球が決まる前に諦められるほど素直じゃない。その証拠としてリョーマの口元には笑みが浮かんでいる。
" He still has lots more to work "
わたしは呟く。
リョーマは一本足のスプリットステップをうまく使い、真田くんの風林火山を後ろに跳んで受け止めて威力を吸収した。そして一瞬だけ無我になって風林火山に風林火山をぶつける。
「風林火山にはそれぞれの特性があるが、完璧な技であるがゆえ、火は風に弱いなど己の技同士を打ち消しあってしまうのか」
「己の中に敵がいたとは真田も考えなかったろうね」
乾くんと不二くんが頷いた。
これで真田くんは残りの風林火山を出せなくなった。
リョーマは一瞬でも攻撃の手を休めたら一気に試合を決められてしまうと思っているみたいにペースを飛ばし、フォーゲームス・トゥ・ファイブまで追いつく。それから真田くんが一本のロブで流れを引き戻してマッチポイントになり、リョーマが追いついて、また無我の境地を使いはじめる。
しかし無我の境地を扱えるのはリョーマだけでなく、真田くんもだった。精市くんや九州の千歳くんも使えるらしい。
リョーマが浅いスマッシュを上げたかと思うと、真田くんがトップスピンのロブで返す。
届かない。
わたしは一瞬そう思ったけれど、リョーマは審判台を駆け上がってラケットを振る。その打球は弾まず、高速で地面を滑った。
「俺の……勝ち……だね」
着地したリョーマがドサッと倒れる。
「ゲームセット。ウォンバイ青学、越前。セブンゲームス・トゥ・ファイブ!」
青春学園側がどっと沸き立つ。
今日みたいなリョーマ、はじめて見た。わたしは感動でぶるぶると震える。
「青学関東制覇!」
と言って、レギュラーの子たちがリョーマを胴上げする様子が嬉しい。
「今年は挑戦者として全国へ乗り込む。むろん王座を奪還するために!」
真田くんの声で視線を移せば、からし色のユニフォームを着た七人が円陣を組んでいた。
八月は、精市くんもいる輪が見たい。
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