葉脈を泳ぐ太陽

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 結果からいうと、精市くんの手術は成功した。回復も順調らしい。伝聞なのは、最近わたしと精市くんが会っていなくて、電話やメールのやり取りでしか様子を知ることができないからだ。伝聞という字のごとく、精市くんから伝え聞く毎日が続いている。最後に会ったのは手術から三日後で、まだ顔がやや青白いときだった。その日は、手作りのお守りを渡したわたしと入れ違いに、真田くんがホテル雫石に入っていった。やっぱり精市くんは、立海大附属中学校テニス部の部長なんだなあ、これからいっぱいリハビリしなくちゃいけないんだなあと思った。そしたら水を差すというか、邪魔しちゃいけない気持ちになり、電話でしばらく会いに行かないと伝えた。精市くんは気にしないと言ったけれど、わたしなりのけじめだと応えたら分かってくれたみたいだった。
 携帯電話をパカリと開ければ、精市くんとのメールがずらりと並んでいる。

 決勝は見に来てほしいな。

 もちろん! でも決勝だけ?

 俺がメンバーに入っていても、俺の前で勝負が決まるよ。青学には負けたけど、立海三連覇に死角はない。

 わたしは一度、弟がテニス部だと言ったことがあるもののそれがリョーマだとは教えていない。名字が同じだから気づかれていそうだけれどなんとなく言葉にしづらいのだ。
 その青春学園はというと、氷帝学園を下しベストフォーに進出した。全国制覇まであと二試合だ。わたしも中学テニス界に詳しくなってきたところで、関西のスーパールーキーが気になっている。その子は四天宝寺中学校の遠山金太郎くんというそうだ。リョーマには同い年のライバルが思い浮かばない。だから、遠山くんがリョーマと同じくらいかそれ以上に強かったら嬉しい。もちろんお節介だとは分かっているのだけれど、そう思わずにいられないのが姉というものだ。
 遠山くんの試合をみるべくコートへ向かっていると、リョーマとおさげの女の子が一緒に歩いているのを見つける。彼女かな。なんだか少し淋しい。ううん、リョーマも男の子なんだから。ぶんぶんと首を横に振り、二人に気づかれないように歩く。
「リョーマくん、じゃあこんなのもあるよ。テニスボール型のね、おむすび作ったの」
「ふーん。姉貴もよく作るよ」
 リョーマは一刀両断という感じで言った。
 あまりよく分からないけれど、そうやって応えるのは違うと思う。わたしはひっそりと頭を抱えた。
 バキバキ。
「あわわわわわわっ!」
 木の枝の折れる音と大きな声に顔を上げれば、リョーマと同じ年くらいの男の子がおむすびを両手に膝をついていた。
「いてて……。木から足滑らしてもうてん。ウマそうなの落ちるトコやったで」
「あ、ありがと……。と、取ったの」
「あ」
 リョーマが声を上げる。
「おおーっ、コシマエ――」
 男の子の声を、女の人の泥棒だという悲鳴がかき消した。泥棒らしき人はローラースケートで走ってくる。おさげの女の子が蹴散らされ、おむすびが落ちた。リョーマはボールを握りしめ、トスを上げる。横回転をかけられたボールは植え込みを回避し、鈍い音を立てて泥棒の頭に当たった。それと同時に背中のど真ん中にもボールが直撃する。
「げひぃ!」
 奇声とともに泥棒が倒れた。
 どうやら男の子がはるか後方からストレートで植え込みを抜いたらしい。すごいパワーだ。目を白黒させるわたしを余所に、男の子は落ちたおむすびをおいしそうに頬張る。
「せや、コシマエってむっちゃ強いんやろ? ワイと勝負――」
「やだ」
 リョーマがばっさりと応えた。
 びっくりしたのか男の子がおむすびを喉につめる。わたしは慌てて駆け寄り、水筒を差し出した。リョーマは驚いているけれど気にしていられない。
「弟がごめんなさい」
 男の子は水を飲んで、わたしにその大きくてきらきらした目を向けた。
「おおきに! なあ、姉ちゃん、コシマエの姉ちゃんなん?」
 コシマエ?
「えっと、越前です」
「え~、コシマエやろ? ワイは遠山金太郎いいますねん。よろしゅう!」
 太陽にも負けない明るさで遠山くんがにかっと笑い、わたしの手を握ってブンブンと振った。
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