大胆不敵

Written by Chisato. No reproduction or republication without written permission.

 本丸の梅はまだつぼみで、夕闇がその紅さを呑み込む頃、屋根にと鶴丸国永の二つの影があった。どちらも白い格好を着ているため、ぼんやりと浮かび上がって見える。彼らは座り、庭を見下ろしていた。鶴丸国永はの身体に手を回して、転げ落ちないようにしっかりと固定している。ほどなくして三人分の駆ける音が聞こえた。
 三人は焦った様子でバタン、バタンと襖を開ける。
 その上で、は鶴丸国永を見上げた。

「ふふ、かくれんぼみたいね」
「そうだな。しかし隠れているだけじゃつまらないだろう?」

 にやりと口角を上げて、鶴丸国永が応える。

「何をする気?」
「それは秘密さ。ネタをばらしてしまったらおもしろくない」

 彼はすうと目を細め、瓦の縁に視点を定めた。

「見つかったか」
「こっちにはいません!」
「まったく、どこに行ったんでしょうね」
「庭か?」

 きょろきょろと辺りを見回しながら、山姥切国広、今剣、宗三左文字が縁側に出てくる。
(来た)
 鶴丸国永は金色と銀色と桃色の頭が瓦の縁から現れると、に目配せをした。右手の人差し指を立てて、静かにするよう合図する。
 はそれに神妙な面持ちで頷いた。頷き返した彼に横抱きにされ目を丸くするも、ぐっと声を飲み込む。
 彼はすっくと立ち上がった。

「よっ! 随分探したようだな!」

 庭に下りた山姥切国広、今剣、宗三左文字は一斉に屋根の上を見た。

「そんなところにいたんですね」

 宗三左文字がため息をつく。山姥切国広も眉をしかめた。

「はっはっは! 驚いたか! でも驚くにはまだ早いぜ!」

 そう言うが早いか、鶴丸国永は屋根から飛び下りる。
(驚きってこういうこと!?)
 は白目をむきそうになりながら彼にしがみつく。肩までの黒髪が風に踊る。
 今剣は悲鳴を上げた。鶴丸国永はともかく、は人の子だ。こんなふうに二階から飛び下りるのはよくない。もしうっかり鶴丸国永が手を離してしまえば大怪我をするし、たとえ離さなくても、彼が着地に失敗する可能性だってある。
 そんな心配をよそに、彼は見事に降り立った。その名の通り、あたかも鶴のように。

「なにしてるんですか!」

 今剣が食ってかかる。

「よし、驚いたようだな」
「のんきにわらわないでください! あるじさまは、ぼくたちかたなとはちがうんですよ!」
「感心できないな」
「いや、すまんすまん」

 鶴丸国永がを地面に下ろす。

「……それで? 拐って話はできたんですか?」
「まあな」

 鶴丸国永は頷いた。
 宗三左文字はをちらりと見る。彼よりも前に顕現した二人は、早く出会っている分多くのことを知っている。しかし、彼と鶴丸国永の場合、逆のような気がしてならない。
(貴方は、一体……)
 どういう人なのだろうか。
 彼と目があったはその顔を見上げる。

「でも、鶴丸に付きっきりで宗三とはちっとも話せてないわ」
「おっと、俺だけじゃ不満かい?」

 鶴丸国永がおどけた調子で訊く。
 は肩をすくめて見せた。その通りということだ。

「鶴丸、わたしは城主でも将軍でもなくて審神者なの」

 城主や将軍であれば、一振りだけを見ていても問題はないだろう。馬に乗り、刀や槍を振り回して戦っていた時代、城主や将軍が法だった。彼らが白と言えばカラスだって白になる。
 しかし、審神者となると話は別だ。政府に重宝されているとはいえ、あくまでも駒でしかない。いつでも政府からの指示通り動けるようにしておく必要があり、すべての刀を等しく知っておかなければならない。いざという事態で指示が行き届かなかったり、反発されては困るからだ。
 刀剣は歴史の流れを生きてきた。ここをやり直せばと思ってしまうものもいる。

 の考えを読み取ったのか、鶴丸国永はあっさりと引き下がった。

「明日の近侍は宗三左文字にします」
と言って、は宗三左文字ともう一度視線を合わせる。

(あ)
 そして目をしばたかせた。よく見ると宗三左文字の目は右と左で色が異なっている。
 にじっと見入られて、彼は居心地が悪そうに首をかしげた。

「どうかしましたか?」
「宗三はオッドアイなのね。気付かなかった」
「おっど……なんですか?」
「オッドアイ。左右の目の色が異なっていることよ。珍しいの。ね、もっとよく見せて」

 は幼子のように目を輝かせ、せがむ。
 宗三左文字は目が見えやすいよう腰をかがめた。

「ありがとう」
と告げて、は桃色の前髪の下に手を差し込む。

 宗三左文字は予想外のことに肩をびくりと跳ねさせた。が前髪を上げているため、表情がよく分かる。彼は目を丸め、驚いていた。

「あ、ごめんなさい」
「いえ」

 宗三左文字は目を伏せる。
 海の色と翡翠の色が隠れてしまって、は残念な気持ちになる。

「宗三、こっちを見て」

 宗三左文字は言われた通りを見る。
 は美しい双眼に笑いかけた。

「いい色をしているわ。見せびらかしてやりたいけれど、誰にも触ってほしくなくって、どこかへ隠しておきたい感じ」

 宗三左文字は顔をしかめた。

「出陣してもらうつもりなんて言っておいて、手に入れるだけで満足して、使いもしないつもりですか?」
「まさか。一度言ったことは曲げないわ」
「ならいいんですが」
「ねえ、宗三――」

 わたしの刀になってくれる? という問いは今剣の声に遮られた。

「あるじさまー」
と言って、口を尖らせた今剣がの腰に抱きつく。

「あしたのきんじはそうざでも、きょうのきんじはぼくですよ」
「あら、ごめんなさいね。それじゃあ、晩ご飯の用意を手伝ってくれる?」
「はい!」

 今剣はの手を引き、意気揚々と厨へ足を向ける。
 は宗三左文字を振り返り、猫のように目を細めた。

「瞳の色だけじゃなくて、他にもたくさん知らないことがあるはずよ。また宗三のこと教えてね」

 宗三左文字の頭に、数刻前のの明るい声が響く。

――これからみんな、知っていけばいいのね。

 彼は、はっとした。そうだ。知っていけばいい。がどのような人なのかも、何が好きで何が嫌いなのかも、かつての主人たちとは何が違うのかも。

「貴方のことも教えてください」

 宗三左文字の口からするりと言葉がこぼれた。
 は目を見開き、嬉しさに口角を上げる。

「もちろん! 三人は居間で待っていてちょうだい」

 今剣に引っ張られながらは手を振る。

(焦らなくていいわ。ゆっくりいきましょ。それに、わたしの刀になってくれる? なんておこがましい。宗三は宗三のものよ。誰かのものじゃない。たとえかつての主人たちが亡霊のようについて回っても気にしないこと。過去は過去。そして今生きているのは、わたし)

 と今剣はものの五分で夕食を作り上げ、居間へ運んだ。今日のメニューはインスタントみそ汁、非常食のさばの味噌煮とほうれん草のごま和え、レトルトごはんだ。

「刀が飯を食うとはな」

 鶴丸国永が膳と箸を見比べる。
 それに笑いをこぼして、は手を合わせた。

「いただきます」

 山姥切国広、今剣、宗三左文字がそれに続く。

「いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
「きみたち、まるで人みたいだなあ」

 鶴丸国永は珍しいものでも見るように三人を見る。

「まっ、こういう驚きも乙なもんだ。いただきます」
と言って、彼も手を合わせる。

 はその様子にこっそりと笑みをこぼした。昨日と今日のたった二日で、この本丸は一気に賑やかになった。

「明日の内番について話しておこうと思うの」

 さばの味噌煮に伸ばしかけていた箸を止めて、宗三左文字がを見る。
 今剣はもぐもぐと口を動かしていた。

「食べながら聞いて。食糧の確保が第一だから畑当番と、馬はいないから手合わせをしてもらうつもりよ」

 はほうれん草のごま和えをつまむ。

「それで、組分けはどうするんだ?」
「うーん、畑当番を山姥切国広と宗三、手合わせを今ちゃんと鶴丸にしようかしら。今ちゃん、どう思う?」

 は首をかしげ、みそ汁を飲む。
(やったあ!)
 今剣は心の中でガッツポーズをした。地道な仕事は苦手なのだ。

「さんせいです!」
「よかった。わたしは畑当番の手伝いをする予定だけれど――」
「え!? あるじさま、はたけいじりをするんですか!?」

(それなら、おしゃべりできるから、はたけとうばんでもよかったのに)
 今剣は眉間にしわを寄せ、茶碗に残っていた少しばかりの白米を口に放り込む。

「時間を作って手合わせも見に行くわ」
「いいねえ、驚かせてやろう」

 食事を終えて手を合わせているを見て、鶴丸国永がにっと笑う。好戦的に上がった口角の近くには米粒がついている。まるで子どものようだ。
 は苦笑し、己の口元を指す。

「鶴丸、お米がついてるわ」

 鶴丸国永は目を丸くした。照れ笑いをすると口の端を人差し指でかく。

「そっちじゃない。反対よ」

 そう言うが早いか、は鶴丸国永に手を伸ばした。白くて細長い指が彼の口元の米粒をすくう。
 その動きが驚くほどゆっくりに見えて、鶴丸国永は目をしばたかせた。

「すまないな」
「いえいえ」
と応えて、は不自然なくらい自然に、一片のいやらしさもなく米粒を食べる。

 今剣は雷に打たれたような心地がした。途端に、ピシャーン! という効果音が似合う顔へ変わる。彼はとっさに茶碗を見た。すでに空だ。むっと息を詰めた表情をして、隣の山姥切国広に尋ねる。

「ごはんをわけてくれませんか?」
「足りなかったのか? ほら」

 山姥切国広は茶碗を差し出す。

「ありがとうございます」

 今剣はそれを受け取り、一口分だけ彼の茶碗へ移した。山姥切国広の茶碗を返すと、口の周りに米粒を付け始める。

「今ちゃん、何してるの?」

 は目を見開いた。

「ん!」
と言って、今剣はずいと顔をに向ける。

 先ほど鶴丸国永にしたように、彼の米粒を取れというのだ。

「食べ物で遊ばない。今日の洗い物はわたしと山姥切国広でやるわ。ごちそうさまでした」
「ごめんなさい。あの、きょうのきんじは、ぼくですよ!」
「だからよ。お湯にでも浸かりながら宗三に近侍の仕事を教えてあげて」
「……はあい」

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